対岸の火事
こんにちは。
大阪傾聴ルーム新町(1on1)カウンセラーす~みんです。
並木良和さんの動画を聴いていて、ハッとしました。
戦争はいけない。戦争を起こしてはいけない。戦争をこの世からなくしたい。
私はいつも、そう思っています。いつもそう思っているのだけれど、いつもどこかで戦争が起こっているこの世の中。
ここが落ち着いたのかと思えば、あそこに火が付き、あそこが落ち着いたかと思えば、今度はそっち…。常にどこかで戦争している世の中。
軍需産業、戦争特需、特需景気といった言葉に現れているように、戦争によって莫大な利益を得る一部の人たちがいて、味をしめている人たちがいる限り、戦争はなくならないのではないか…という漠然とした諦めに近い感情が私の中にあるのではないかと気が付いたのです。
一部の人が戦争によってどのくらい儲かっているのか、どのくらい経済を動かしているのか分からないけど、戦争を通して回っている部分が世界経済にはあり、そのことに関して自分は完全に範疇外であり、自分には戦争を起こしたり止めさせたりするチカラがないと思っていて、ゆえに戦争がある世の中を漠然と受け止めている自分がいます。
並木さんは動画の中で、
「この地球上から戦争をなくすことは可能です。だって考えみてください。ひと昔前(戦国時代とか)は、日本国内でも、お隣の県同士で戦争をしていたんですよ。でも今はどうですか?県同士で戦うなんてこと考えられないでしょう?
地球だって同じです。国同士で戦うなんてこと考えられなくなるはずです。」
と言いました。それを聴いて、私はハッと気が付いたのです。
前述したように、戦争がなくならない地球を私は仕方のないことだ、範疇外だと思っている自分がいたことに。
よその国の戦争を対岸の火事とみている自分に。
そして同時に、ものすごく視野の狭い自分を自覚しました。
日本という小さな島国の中だったら戦争が起こらないと思えるのに、地球という一つの星の中だったら戦争が起こっていても仕方がないと考えてしまうのか!?
地球は果てしなく広がる宇宙の中の一つの星にすぎないと知っているのに、私の捉え方は、あまりにも狭すぎるのではないか…。
以前、古事記が大好きで、古事記の研究のために仕事を辞め東京の先生のところに弟子入りした、(ピラティスの)生徒さんが勧めてくれた本を思い出しました。とても興味深い面白い本で、そこには、日本は地球の縮図である、といったことが描かれていました。
確かに、日本列島の端と端を近づけるようにみてみると、本州がユーラシア大陸、北海道がアメリカ大陸、淡路島はオーストラリア、九州はアフリカ大陸にみえてきます。
そのときは単にスゴイなぁ~と感動しただけでしたが、今思うと、日本という小さな枠から地球という枠に置き換えたっていいじゃない。もっと自分の視野を拡げ、遠くに思いを馳せるだけで、この地球上から戦争をなくすことは無理な事でも難しいことでもないのではないか、と思い直しました。
言葉が違う、民族が違う(ルーツが違う)、肌の色が違う、考え方(宗教)が違う。そんなことは、日本の中でも、方言や風習など文化の違いと大差なく、戦争を起こす動機やきっかけにはならないはずです。そして戦争を起こさずとも、世界経済を回していくことは十分に可能だと思います。地球全体で豊かになっていくことは可能だと思います。
私は新しいものや知らないことに出会える旅行が大好きで、海外にもあちこち行っていましたが、それは自分の知見を拡げ深め、自分の器を広げていくことに喜びを感じていたからでもあります。
それなのに、こんなシンプルなことに考えが及ばなかったなんて…と思うと我ながら衝撃でした。
コロナ禍で海外にいくことはままならなくなりましたが、並木さんの動画は、自分が知らず知らずのうちにつくり上げていた枠(内的照準枠)に気が付いたよい機会でした。
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